武道において「理合」(りあい)とは、技・形の中で「なぜこのように動くと決まっているのか」といったことの理由・意味合いを指す言葉です。(「理合想定」とも言う。)
合気道の稽古は形稽古が中心ですが、中でも基本なのが「片手取り」という想定で始まる形です。
攻撃側が相手の手首を掴んできます。防御側は掴まれた手首を利用し、様々な技を掛けて逆に相手を制します。
しかしこれはよく考えるとかなり奇妙な格好です。
普通相手に危害を加えようとする者が、いきなり手首を掴みに行ったりするでしょうか?胸倉や肩などを掴むのが自然ではないでしょうか。
…ですが、合気道ではなぜか手首なのです。
どうしてなのでしょうか?その理由を考えてみました。
合気道の稽古は形稽古が中心ですが、中でも基本なのが「片手取り」という想定で始まる形です。
攻撃側が相手の手首を掴んできます。防御側は掴まれた手首を利用し、様々な技を掛けて逆に相手を制します。
しかしこれはよく考えるとかなり奇妙な格好です。
普通相手に危害を加えようとする者が、いきなり手首を掴みに行ったりするでしょうか?胸倉や肩などを掴むのが自然ではないでしょうか。
…ですが、合気道ではなぜか手首なのです。
どうしてなのでしょうか?その理由を考えてみました。
合気道は古流柔術を原型にしています。柔術はかつて武士の武芸だったもので、合気道の基に成った大東流柔術は殿中(屋内)での護身術として受け継がれて来たものだと言われています。
それを踏まえて、帯刀した武士が相対していると想定します。殿中なので大刀ではなく脇差(わきざし・小刀)※を帯びているとします。その様子を木刀を使って再現してみました。
(※;正しくは「殿中差し」)
「捕り」(防御側)は相手の害意を察知し、脇差を抜こうと柄に右手を掛けます。
「受け」(攻撃側)は左手で柄に掛けた相手の右手を押さえ、右手で自分の脇差を抜いて相手を突こうとします。
こうして実際にやってみると、攻撃側(「受け」)が相手の手首を掴むのは、
(1) 手首を押さえて相手に脇差を抜かせない
(2) 脇差で刺し貫くために相手の体を固定する
という具体的な目的があることが分かります。
胸倉でも肩でもなく、手首を掴まなければ成らない理由がそこにあります。
防御側である「捕り」は、攻撃側に手首を掴まれ、刀を抜こうにも抜けず、相手の刀で突いて来られるという窮地からどう脱するかが焦点になります。
このように形の理合を理解することで、稽古に臨む際の意識も変わってくるのではないでしょうか。
(御協力頂いた西山さん・南原さん・水津さんありがとうございました。)
それを踏まえて、帯刀した武士が相対していると想定します。殿中なので大刀ではなく脇差(わきざし・小刀)※を帯びているとします。その様子を木刀を使って再現してみました。
(※;正しくは「殿中差し」)
「捕り」(防御側)は相手の害意を察知し、脇差を抜こうと柄に右手を掛けます。
「受け」(攻撃側)は左手で柄に掛けた相手の右手を押さえ、右手で自分の脇差を抜いて相手を突こうとします。
こうして実際にやってみると、攻撃側(「受け」)が相手の手首を掴むのは、
(1) 手首を押さえて相手に脇差を抜かせない
(2) 脇差で刺し貫くために相手の体を固定する
という具体的な目的があることが分かります。
胸倉でも肩でもなく、手首を掴まなければ成らない理由がそこにあります。
防御側である「捕り」は、攻撃側に手首を掴まれ、刀を抜こうにも抜けず、相手の刀で突いて来られるという窮地からどう脱するかが焦点になります。
このように形の理合を理解することで、稽古に臨む際の意識も変わってくるのではないでしょうか。
(御協力頂いた西山さん・南原さん・水津さんありがとうございました。)
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